【リノベーション】築120年超!明治に建てられた古民家を再生し、令和の時代を生きていく。(後編)

※本記事は住宅情報WEBマガジンDaily Lives Niigataによる取材記事です。

本記事は後編です。前編はこちらをご覧ください。


減築によって生まれた、風景を切り取る窓

薪ストーブが置かれたリビングの一角はソファスペース。

カーキ色の帆布生地のソファが土壁になじんでいる。

元々は和室の隣の板の間で、上部は吹き抜けになっていたものの2階から光を採り込む窓はなく、薄暗い空間だった。

リノベーション後も決して光がさんさんと注ぐ部屋になったわけではないが、間仕切りを取り払ったことであらゆる方向へと視線が抜けるようになり、以前の圧迫感は解消された。

視線の先に窓を設けたことで外の風景も眺められるようになり、それが心地よさにつながっている。

東側の窓の先に見える桜の木は、一幅の絵画のようだ。

その後、5月にもう一度訪れると、桜はピンク色の花の代わりに鮮やかな緑色の葉っぱをたたえていた。手前の田んぼには水が張られ、桜の木を鏡のように映し出している。

建物の東側につくられていた倉庫を減築したことで、室内からこの美しい風景を望めるようになった。

リビングの奥のかつて浴室だった場所は、書斎に改築。

三方を土壁に囲まれた1坪のスペースには1人掛けのソファとパソコンが置かれている。

「ここは僕の籠もり部屋で、パソコンで作業をしたり、ゲームをしたり。映画を見るのにもいいスペースです」とご主人。

 

使い道のない余剰空間を水回りに

改築前の家は北側に5畳程のホールとも廊下とも居室とも言えない余剰スペースがあった。

現在のリビングの裏手に位置していた空間で、このさらに北側には建物から突き出す形で独立した台所が設けられていた。

構造だけでなく断熱や気密の面でもデメリットにもなるこの台所を減築し、先程の広すぎる廊下部分の3分の2を浴室・洗面脱衣室・トイレに改築。

1坪の洗面脱衣室にはサンワカンパニーのプレーンV。壁には名古屋モザイク工業のしずく型タイル「スプモーネ」を張ってアクセントにしている。

その隣のトイレは漆喰で仕上げられた明るい空間。窓まわりの枠には古い板が使われており、ディテールからも家の歴史が感じられる。

水回りの奥は6畳の寝室。

元は4.5畳の和室だった場所を手前に少し広げてゆとりをつくり出している。

畳敷きだった床と天井はラワン合板でラフに仕上げ、窓を2カ所に増やし、壁に漆喰を塗ることで光が回るようになった。天井高が2,150mmという籠もり感がちょうどいい。

部屋のコーナーにはご主人がつくった有孔ボードの壁が組まれており、ここに帽子を飾りながら収納。その隣にも使い勝手を考えて取り付けた仮設のハンガーバーが組まれている。

 

物置になっていた小屋裏を奥様のライブラリーに

再びリビングに戻り、そこに架けられた急な階段を上がってみた。

階段を上り切った場所はホールで、そこには古いタンスが置かれている。

そして、その奥に見えるのはライブラリーコーナーだ。

「図書室みたいな部屋が欲しいという妻からの要望があり、ホームセンターで材料を買ってきて本を飾れる棚をつくりました。奥にある机も材料を買ってきてつくったものです」とご主人。

職場から持ち帰った仕事をする作業スペースにもなっているという。

以前は物置になっていた小屋裏は、間仕切りを取り払いリビングとつなげることで、居心地のいい場所に生まれ変わった。

そして、この机からは、この家で最もダイナミックな内観を眺められる。

黒光りする重厚な梁・桁・束が屋根を支えており、その下には幅2間の空間が奥へと伸びている。対面の妻側に設けられた高窓の光が1階全体に光を届けると共に、構造躯体に深い影をつくり出す。

夜になれば天井から吊られたいくつもの照明の光によって、天井や壁に構造躯体のシルエットが浮かび上がる。

「この家の全てに満足していますが、特に場所によって異なる表情を楽しめるのがこの家の良さだと思います。時間帯や天気によっても雰囲気が変わりますし、夜に高窓から眺める月もいいですね。家の中で聞く雨音も好きですし、今の時期はカエルの声に癒やされています」(ご主人)。

 

減らすことで、家を広くする

2階には1室だけ建具で仕切られた個室がある。

ラワン材でつくられたドアの先は6畳の和室。こちらはゲストルームとして設けた場所だという。

以前もほぼ同じ場所に和室があったが、階下のキッチンのダクトを通すスペースを確保するために畳部分は3尺分手前にずらしている。建具を通す溝が彫られた鴨居が改築前の間取りを静かに伝える。

隣には障子で仕切られた8畳の和室があったが、そこの床を取り払うことで1階のダイニングへ光が届けられるようになった。

建物の床面積と容積が減っているものの、かえって広く感じられるようになっているというのが面白い。

 

家を編集し続ける楽しさ

この家に住み始めてから時間の使い方が変わったと奥様は話す。

「アパート暮らしの時は、夕食を食べ終わったらいつもテレビを見ていましたが、この家に住んでからは薪ストーブの前で夫と一緒にコーヒーを飲みながら話す時間が増えました。テレビはあまり見なくなりましたね」。

ご主人も「家で音楽を聴くことが増えました。それぞれ好きな場所で過ごしている時も、互いの気配が感じられるのがいいですね。友達を招くと大人はまったりと過ごし、子どもは走り回って過ごしています。子どもがどこに行っても姿が見えるで安心できますしね」と話す。

ところで、この家の土壁のほとんどをSさん夫婦と両家のお父さん、友人たちの手で塗り上げたという。

「1日だけ左官屋さんに教えて頂いて、あとは自分たちで塗っていったんです。いろいろな人に手伝ってもらいながら塗っていきましたが、それぞれの人の性格が出るのも面白かったですね」(ご主人)。

「Sさんがどんどん塗るのが上手になっていくので、職人さんも『プロみたいだ』と驚いていました。『しゃべっていても職人と話しているみたいだった』と言っていましたよ(笑)。大工工事においては難しいことがたくさんありましたが、その都度話し合い、臨機応変に対応してくださった大工さんの力があってこのリノベーション工事ができました」と小倉さん。

「今も家のことを考えたり手を加えたりするのが楽しみになっていて、休日にどこかへ遊びに出掛けることが減りましたね。これから庭の整備に力を入れていきたいです。あとはもう少し家具をつくったり、ラダー(ハシゴ)をつくったりしようと思っています」とご主人。

リノベーションという言葉を聞くと大胆なデザインの刷新をイメージしがちだ。しかしS邸の場合は、床板や土壁をはじめとした多くの材料を再活用しており、内部の古めかしさは改築前と大きく変わらない。

それは、つくり直すのではなく、“編集”をするような作業だったのかもしれない。ゼロからつくる新築でもなく、表層だけを直すリフォームでもない。かといって、建物が持つ雰囲気までをがらりと変えるリノベーションでもない。

築120年という長い歴史を尊重し、それを活かしながら間取りを編集して再生したS邸。そして今もなお、自らの手で家の編集作業を続けることがSさん夫婦の大きな楽しみになっている。

 

S邸
長岡市
延床面積 182.40㎡(55.06坪) 1F 131.14㎡ 2F 51.26㎡
構造 木造軸組工法
竣工年月 築120年超(詳細不明)

写真・文/Daily Lives Niigata 鈴木亮平