【リノベーション】築120年超!明治に建てられた古民家を再生し、令和の時代を生きていく。(前編)

※本記事は住宅情報WEBマガジンDaily Lives Niigataによる取材記事です。

友人の古民家リノベに触発され、集落の中の古民家を購入

Sさん夫婦が長岡市宮本町に立つ古民家を購入したのは2022年2月のこと。

その後フルリノベーションを行い、2022年の年末に工事が完了。生まれ変わった住まいで新しい暮らしを始めた。

1階の半分以上が2階の天井まで吹き抜けになった開放的なつくりで、現しになった重厚な曲がり梁が連なっているのが見える。

古い床板に土壁。明治から時が止まっているのではないか?と思わせるような静謐な空気に思わず息を呑む。

この家に住む以前、Sさん夫婦は新潟市東区の賃貸アパートで暮らしていたという。

「新築に全然興味がなくて、家を持つなら古民家がいいなと思っていたんです。そんな時、新潟市西蒲区で古民家をリノベーションした友達の家に遊びに行き、それがきっかけで実際に古民家を探し始めました。その家のリノベーションを担当していたのがモリタ装芸の小倉さんで、いくつかの物件を小倉さんに見てもらいながら検討していきました」とご主人。

奥様は「はじめ私は新築でもいいなと思っていたんですが、夫と一緒に古民家を見て回っているうちに、古民家が持つ雰囲気に惹かれるようになりました」と話す。

「この建物に出合う前に3、4軒見て回っていたんですが、ロケーションが悪かったり広すぎたりで、なかなか決められなかったんです。候補を上げていた中でこの家は最後に見に来たんですが、僕らの中では大当たり!ただ、築120年以上も経っている家を本当に直せるのか僕たちには分からないので、小倉さんに相談をしました」(ご主人)。

モリタ装芸のリノベーション部門classicaLの小倉直之さんは「柱と柱の間のスパンが長い所でも2間(約3.6m)と、構造的に無理がない建物に見えました。できることできないことがありますので、耐震性能・断熱性能を高めながら整えるようなリノベーションを目指しましょうとお伝えしました」と話す。

そうしてS邸のリノベーションプロジェクトがスタートした。

 

床板や土壁を剥がし、自らの手で磨き上げる

解体を始めたのは2022年春。はじめはSさん夫婦が自分たちの手で解体作業を行った。

「梁にたまった125年分の埃をタワシで落としたり、エアブローで飛ばしたりという作業を繰り返し行いました。それから、後で再利用するために床板や土壁を剝がしていきました。剥がした床板は一枚一枚水をかけてデッキブラシで何度もこすりながら磨き上げていったんですが、真夏だったので大変な作業でした(笑)」(ご主人)。

その後モリタ装芸による本格的な解体作業が始まり、基礎と躯体以外の全てが撤去された。

「解体を終えた後に改めて調査を行い、傷んだ躯体を新しい材料に交換したり、壁を耐力壁で固めたりして耐震性能を高めていきました。固めるだけでなく柔らかさを持たせることも必要なので、樹脂製の耐震リングを柱と梁の接合部などに取り付けています。断熱については、高性能グラスウールを壁の厚さ分入れた他、屋根裏には厚さ24cm分、床下には高性能押出法ポリスチレンフォームを施工しました。窓はYKKAP社のAPW430(トリプルガラス×樹脂サッシ)を使用しています」(小倉さん)。

元の建物は3尺(約910mm)グリッドが基本ではあったが、不規則な凹凸も多く、それが構造や屋根の架け方を複雑にしていた。

プランの計画ではその凹凸をできる限り取り除くことに焦点を当てたという。そうすることで構造的な安定感を高め、外観も引き締まったフォルムに整えることができた。

 

ゆとりある軒下空間でリラックス

約半年間に及ぶリノベーション工事を終えて生まれ変わった古民家。

その魅力は内部だけでなく、玄関に入る前の広いポーチからも感じられる。

幅6.6m、奥行1.8mの軒下空間は薪ストーブに使う薪の保管場所でもあり、ベンチに腰掛けて庭を眺めながら過ごす場所でもある。

外という気安さから、ご近所さんと語らう場所にもなるかもしれない。

物理的にも心理的にも懐の深さを感じさせる。そんな豊かな空間だ。

玄関ドアを開けると、同じ屋根の下が室内に切り替わる。

玄関がある場所は、以前は畳の続き間だった所。低かった天井を抜き勾配天井にすることで高さをつくり、2連のFIX窓から光を採り込めるようにしている。

そのFIX窓から見える夜の室内の雰囲気もいい。

「玄関には今後植物を置きたいですね。屋根壁付きの縁側という感じで、外を眺められるのも気に入っています」(ご主人)。

ゆったりとしたポーチと玄関。新築ではこの広い入口部分にわざわざ建築費用を分配しようと思う人は少ないかもしれない。このような余裕をつくりやすいのも、元の構造躯体を活かせるリノベーションの特長と言えそうだ。

 

暗かった和室を開放的なダイニングに

靴を脱いで上がった場所はダイニング・キッチン。

以前は8畳と6畳の和室だった場所で、天井高は2,135mmと低く暗い空間だったが、解体後は2階の床を張らずに吹き抜けにすることで、高窓から光が降り注ぐ開放的な空間になった。

床は元々この家で使われていた古い床板を磨き上げて再活用したもの。材料費を抑えられているだけでなく、古材ならではの深い味わいが感じられるのも魅力だ。地球環境に優しい取り組みでもある。

かつての6畳間は対面キッチンで、手前には古材を使ったカウンターを造作。

「僕たち夫婦は二人ともコーヒーが好きで、築地のレストランで働いている兄が定期的に送ってくれるイタリアのコーヒーをよく飲んでいます」とご主人。

キッチンがあるのはかつての6畳間と1.5畳の板の間を合わせた7.5畳の空間。

L字型キッチンと造作の作業台を組み合わせ、広くて使い勝手のいい作業環境をつくり出している。

ダイニング・キッチンは夜も趣きがある。

古材がつくり出すしっとりとした雰囲気に、今が2020年代であることを忘れてしまいそうになる。

 

冬は薪ストーブで家中を暖めながら暮らす

ダイニングの隣はリビングで、高天井の空間はそのまま棟方向に連続している。

天井裏に隠れていた重厚な梁や桁、束などの小屋組みが現わしになったダイナミックな空間だ。

リビングには家全体を暖める薪ストーブを導入。

「岐阜県の株式会社岡本という会社が作っている『AGNI(アグニ)』という薪ストーブです。デザインに一目ぼれして選びました。実家でも薪ストーブを使っていて、この前の冬は実家から譲ってもらった薪を使っていました。電気代をかけずに家中を暖められるのがいいですね。スープを温めたり、料理にも使っています」とご主人。

ストーブの下には阿賀野市で作られている安田瓦のタイルを採用。マットな質感の瓦タイルは古い床板やストーブとの相性もいい。

ストーブの後ろはモルタルで仕上げており、こちらはその周りの土壁と調和している。

ふとリビングの壁を見ると、いくつものスイッチとコードが固定された板が目に入った。

こちらは昔の電気のスイッチなのだそうで、元々ここに取り付けられていたものを撤去せずに残したという。

今ではなかなかお目にかかれない古いスイッチは美術品のようでもある。これ自体が用を成すわけではないが、それほど邪魔になるものでもないし、取り去ってしまうのも惜しい存在。そんなスイッチが家の歴史を静かに伝えてくれる。

ここから振り返って見るリビングとダイニングも美しい。

昼にはいろいろな場所に設けられた窓から入った光がやわらかい陰影をつくり出し、夜になれば天井から吊られた電球が堅めの陰影をつくり出す。

土壁や木などの自然素材に包まれた空間は実に表情豊かであり、静物でありながら命ある生き物のようでもある。

現代の新築住宅とは全く異なる古民家リノベーションという選択。誰もが選べる暮らしではないかもしれないが、120年を超える古民家を再生した住まいには、新築では実現できない価値がある。


本記事は前編・後編の2部構成となります。

次回の後編では、書斎や寝室、水回りや2階を詳しく解説しながら、Sさん夫婦の暮らしがどのように変わったかを紹介します。後編も楽しみにお待ちください。

 

S邸
長岡市
延床面積 182.40㎡(55.06坪) 1F 131.14㎡ 2F 51.26㎡
構造 木造軸組工法
竣工年月 築120年超(詳細不明)

写真・文/Daily Lives Niigata 鈴木亮平