【自由設計】延床面積21坪。子育てを終えた夫婦が暮らす、ちょうどいい平屋の住まい

※本記事は住宅情報WEBマガジンDaily Lives Niigataによる取材記事です。

ゆったりとした芝庭を眺める小さな平屋

ぽつりぽつりと畑が点在する三条市の集落内。

以前は畑だった場所にAさん夫婦が家を建てたのは2019年のことだった。

Aさん夫婦と大学1年生の息子さんの3人家族で、息子さんはこの春、大学進学を機に新潟市で一人暮らしを始めており、現在は夫婦2人とミニチュアダックスフンドのマロちゃんが暮らしている。

この家が建つ前の約15年間は、すぐそばにあるご主人の実家で同居していたが、息子さんが中学3年になり、子育て時期もほぼ終わりに差し掛かる頃に新築計画を始めた。

土地は約90坪と広い。そこに建てたのは延床面積21坪の平屋の住まいで、その分、広いウッドデッキや庭が確保できている。

庭の芝生がとても青々としている。その理由は奥様による2週に一度の芝刈り。定期的な芝刈りによって芝の密度が高くなっているという。

「平屋を建てようと思い、はじめは別の住宅会社さんを訪ねました。でも私たちのスタンスと合わないことがすぐに分かり、次に当時新潟市西区にあったモリタ装芸さんの平屋のモデルハウスを訪れたんです。そこで設計の石川さんと話し、この人となら私たちの理想とする家が建てられるのではないかと思いました」(奥様)。

石川勝也さんはモリタ装芸の意匠部に所属しながら設計業務も行っている。そんな石川さんがヒアリングを元にラフプランを描き、それをベースにブラッシュアップを進めていった。

「ものをなるべく持たないようにしたいので、収納を最初のプランから減らして頂くことにしました。いいものを少しだけ持つ暮らしをしたかったんです」と奥様。

 

プライベートとパブリック。2つの建物で構成

通りから見る外観は、右から左へと片流れ屋根が架けられており、中央部分がその屋根のラインを分断するようにくぼんでいる。

その中央部分に玄関があり、左側には寝室・水回り・収納が固められた15畳の小さな建物が、右側にはLDK・書斎・トイレがある26.25畳の大きな建物が配されている。

「右の建物がパブリックな場所で、お客さんは玄関に入ったら右へ。一方、左の建物は家族だけが使うプライベートな場所にしています。分かりやすく、リビングに集まるみんなが庭の緑を眺めながら楽しく過ごせるといいなあ…とも考えていました」と石川さんは説明する。

2つの建物を結ぶ役割を持つ玄関は小さな通路のような場所であり、玄関に立てば正面の大きなFIX窓から奥のウッドデッキを眺められる。

ウッドデッキの中ほどにシマトネリコの木が植えられている。元気よく枝葉を広げる木は、周辺に棲む小鳥たちにとっても癒やしの場所になっているという。

小鳥たちが集まる時間帯には、傍らに置かれたバードバスで小鳥たちが沐浴をして遊ぶ。

家の第一印象となる玄関から、そんなほっこりとした景色を眺められるのもA邸の魅力だ。

 

余計なものを削ぎ落した、ミニマルな寝室と洗面スペース

下の写真は玄関ホールの左側を見たところ。

いろいろな場所に観葉植物が散りばめられており、どれも元気に育っている。

突き当たりの部屋が奥様の寝室で、途中の廊下の右手には洗面脱衣室と浴室がある。

6畳の寝室は光を抑えた落ち着ける空間。ここにはベッドと植物だけが置かれており、テレビもドレッサーもない。その潔さがすがすがしい。

リラックスして眠るために必要なものは何か?そんな問いに対しての一つの解がここにある。

洗面脱衣室は3畳。

ドラム型の洗濯乾燥機とすっきりとした白い造作のキャビネット。その上にサンワカンパニーの洗面台が品よく納まっている。

雑然となりがちな歯ブラシや歯磨き粉もキャビネット上にきれいに並んでいる。一方、洗濯洗剤などのサイズが大きく雑多に見えるものは収納スペースにしまっている。

美しく使う習慣が日々の心地よさにつながり、それがまた美しく保つ習慣になる。そんな好循環を感じさせる洗面脱衣室だ。

ここでも植物は生き生きと色彩を放っている。

 

収納のすべてを使い切らず、余白を残す

再び玄関に戻ると、収納されているものが少ないことに気付く。

可動棚を見ると40%以上は空きスペースだ。

美しいデザインの本を見ると、美しさの理由が装飾ではなく余白だったりする。余白があるおかげで、写真や文章の印象が強くなり、本質が伝わりやすくなる。

美術館の展示室もまた然り。壁に余白がない美術館で作品と向き合うことは難しい。

もちろん玄関収納は本でも美術館でもないが、容量いっぱいに収納しないことで、必要な道具や靴をすぐに取り出すことができ、余計なストレスを感じずに済む。

そのすぐそばにはトイレ。

延床面積21坪の小さな家だが、トイレは一般的なものよりも1.5倍広い。造作の手洗いカウンターが付いているが、それでもなおゆとりを感じさせる。

照明はブラケットライト一つ。全体を照らすのではなく部分を照らす。その陰影もリラックスした雰囲気づくりに一役買っている。

 

造作ソファがつくり出す、くつろいだ空気感

玄関ホールからLDKへ目を向けると、ミニチュアダックスフンドのマロちゃんがぴちゃぴちゃとかわいい音を立てながら水を飲んでいた。

まだ残暑があるものの、掃き出し窓から注ぐ9月下旬の日差しは、真夏のそれとは異なり少し優しい。

ダイニングテーブルはなく、キッチン前のカウンターが食事のスペース。

そこには形も大きさも異なる3つの椅子が並んでいる。

家族3人で家具店を訪れ、それぞれが自分の体形に合った座りやすいものを選んだという。そんな話を聞くと椅子がそれぞれの分身のように見えてくる。

さらに奥へ進むと、突き当たりに吹き抜けのリビングが現れた。

高天井の空間に2.7m幅の大きなソファが造りつけられている。

テレビが置かれることが多い奥の壁側をソファにしているのは、キッチン・ソファ・庭の3点が繋がる三角形をつくるためだという。

ソファに座った時、キッチンやダイニング側に背を向けるのではなく、自然と向き合うような形になる。そこには「みんなで和気あいあいと過ごして欲しい」という石川さんの想いがある。

壁付けのソファは落ち着きがあるし、空間を広く感じさせる効果もありそうだ。

「この家が完成して、新しく買った家具は椅子だけ。ソファは同じサイズのものを買うよりも安い値段でつくってもらえましたし、いろいろな造作家具があることで結果的にトータルコストが下げられています」(ご主人)。

撮影中、奥様に何度も飲み物を出して頂いた。

味わい深いこれらの器はどこでつくられているものだろう?と思って見ていると、すべて奥様が陶芸教室に通いながら作ったものだという。

角のない丸みを帯びた形が手に優しくなじむ。

午後3時になると、おやつタイム。

奥様の手作りの豆皿の上に、手作りのチーズケーキ。その上には庭で採れたブルーベリーがのっている。

「これから豆皿をたくさん作っていきたいんです」と奥様はほほ笑む。

チーズケーキを食べながら家の中を見渡すと、目に映るものすべてに温かみがあふれていることに気付く。スローでリラックスした時間が流れていく。

 

家事というルーティーンを楽しむ暮らし方

ソファの向かい側には造作のTVボード。

無機質なテレビも、天然木に包まれるとその堅さが取れ、優しいものに見えてくるから面白い。

そのすぐそばには、階段下を利用したデスクがあり、ちょっとした書き物や作業にちょうどいいそうだ。

そのすぐそばにあるのが対面型のキッチン。

背面には造作のカップボードがあり、調理家電やキャニスターなどが程よい余白を残しながら置かれている。

すっきりしているのは見える所だけではない。

引き出しの中も使いやすいように整理整頓されている。

ポイントはどのスペースにも30%程度の空きを作り、容量の全てを使い切らないことのように思われた。

また、日々キッチンやダイニングで使う日用品を100円ショップでそろえる人も少なくない。それは悪いことではないが、熟考せずに買えるものは気をつけないと必要以上に増やしてしまいがちだ。

気が付けば使用頻度が低いもので引き出しの中があふれてしまい、本当に必要な道具だけでなく、大切にしたかった暮らしも見失ってしまうかもしれない。

「この家に住んでから日々の暮らしを大切にするようになりました」。

そう話す奥様は日常使いする道具も丁寧に選ぶようになったという。

例えば、A邸の随所にみられる竹ざるや竹かご。

それは水切りかごや小物入れとして活用されている。

そんなちょっとした道具の違いが、日々の楽しさに繋がるものだ。

奥様はパンを焼くことを楽しみ、料理の作り置きを楽しみ、季節を採り入れた甘味を作ることを楽しんでいる。

住宅の一次取得者に時間に追われがちな共働きの子育て夫婦が多いことから、住宅会社各社は「家事ラク」というキーワードを掲げることが多い。

そこにニーズがあり理に適っているから「家事ラク」が受け入れられているが、Aさんのように家事に楽しみを見出す暮らし方もある。

石川さんは家づくりで大切なことをこう話す。

「いろいろ自分で勉強をしたり、訪れた住宅会社で知識を教えられる人も少なくありません。それは大事なことですが、教えられたことが自分たちに本当に当てはまるかどうか、優先順位が高いものかどうかを考えた方がいいと思っています。いろいろ考えた上で、自分たちがどうしたいのか?僕は家づくりにおいてはこれが大事だと思います」。

子育て期終盤に家を建てたAさん夫婦が新居に求めたのは、育児がしやすい家でもなく、家事動線を最短にする家でもなく、大容量の収納がある家でもない。

洗濯をし掃除をし料理を作る。

それによって暮らしが整い、穏やかで心満たされる日常が続いていく。

誰かが決めた優先順位を鵜吞みにするのではなく、自分たちにとっての優先順位を考えて決めた家がここにある。

 

夫婦二人暮らし。新しい日常を楽しむ

キッチンの隣にはご主人の書斎兼寝室があり、こちらもすっきりと整っている。

ロフトは息子さんが使っていた空間。今は静謐な空気が流れている。

芝庭では洗濯物が秋風になびき、

リビングではミニチュアダックスフンドのマロちゃんがうたた寝をする。

取材が終わる頃、「時間があったら夕食を食べていってください」と奥様が食事の準備を始められた。

採れたばかりの新米を中心に、奥様がつくったサラダや煮物、ごま豆腐がずらりと卓上に並ぶ。

メインはチューリップ揚げ。揚げたての鶏肉の上には、たっぷりとタルタルソースがのっている。

「うっかり、衣を付け忘れちゃいました」と奥様は少し慌てていたが、衣のないチューリップ揚げは、皮がパリッとしていて美味しかった。ごはんだけでなく、ビールにもよく合いそうだ。

「この家ができてから、家に居ることが多くなり、仕事以外で外に出る時間が本当に少なくなりました」と奥様は笑う。

子どもが親元を離れ、今は夫婦2人だけ。ライフステージが一段進み、時間に追われることもない。

小さな平屋に住み始めてもうすぐ丸3年。穏やかでありながらも、ワクワクした気持ちに満ちた大人の暮らしが続いていく。

 

A邸
三条市
延床面積 71.63㎡(21.62坪)+ロフト16.14㎡(4.87坪)
構造 木造軸組工法
竣工年月 2019年12月

写真・文/Daily Lives Niigata 鈴木亮平